理解されない辛さ。保護活動者が乗り越える社会との溝
保護活動に情熱を燃やすほど、社会との溝を感じることがある
動物保護ボランティアとして活動を続ける中で、多くの方が直面するであろう壁の一つに、「社会との溝」があると感じています。私自身も、活動歴が長くなるにつれて、この溝の存在をより強く意識するようになりました。それは、私たちの活動が社会全体から十分に理解されていない、あるいは誤解されていると感じる瞬間の積み重ねによって生まれる感覚です。
多くの時間を動物たちのために費やし、様々な困難に立ち向かう中で、「なぜそこまでやるの?」「好きでやってるんでしょ」「もっと他にやることがあるのでは?」といった、心ない言葉や無関心に触れることがあります。あるいは、活動の一部だけを見て「売名行為だ」「偽善だ」と決めつけられたり、特定の保護団体や活動家の一部の行動によって、活動全体が批判の目に晒されたりすることもあります。
このような経験は、私たちの情熱や努力を否定されたように感じさせ、深い孤独感や徒労感をもたらすことがあります。特に、動物たちの過酷な現状や、私たちの必死な努力を知らない人からの言葉は、時に刃のように心を傷つけます。
具体的な「溝」との遭遇
私が経験した「社会との溝」は、いくつかの形で現れました。
一つは、保護動物に関する啓発活動や情報発信を行った際の、予想外の冷たい反応です。「可哀想なのはわかるけど、私には関係ない」「見るのが嫌だ」「そんなことより税金下げろ」といったコメントを目にすることもありました。もちろん、応援してくださる声も多くありますが、無関心や否定的な反応に触れるたび、「私たちの声は届いていないのかもしれない」という無力感に襲われます。
また、行政や地域との連携においても、理想と現実のギャップを感じることがあります。保護を必要とする動物がいても、制度の壁に阻まれたり、責任の所在があいまいになったり。熱意を持って働きかけても、「前例がない」「予算がない」といった理由で進まないことも少なくありません。これは、動物福祉に対する社会全体の優先順位が、まだ低いことを痛感させられる瞬間です。
さらに、個人的な関係性の中でも、活動について話す際に「熱くなりすぎ」「もっと自分の生活を考えたら」といった忠告(善意からのものであっても)を受けることがあります。活動の厳しい現実や、それによって生じる精神的な負担を打ち明けても、表面的な同情で終わってしまい、深く理解してもらえないと感じることもあります。
これらの経験は、「自分たちは社会から少し浮いた存在なのかもしれない」「理解されないまま、孤独に戦っているのかもしれない」という感覚を強めていきます。
傷ついた心とどう向き合い、活動を続けるか
このような「溝」に直面し、傷ついた心にどう向き合うかは、活動を続ける上で非常に重要な課題です。
まず、大切なのは、全ての人が私たちの活動を理解し、共感する必要はない、と割り切ることかもしれません。価値観は多様であり、動物保護への関心や優先順位も人それぞれです。全ての人に受け入れられようとすると、疲弊してしまいます。私たちのエネルギーは限られています。理解を示してくれる人、共感してくれる人、応援してくれる人に意識を向け、繋がりを大切にすることが、心の健康を保つ上で役立つと考えています。
また、活動を通じて同じような経験をした仲間との時間は、何よりも支えになります。言葉にはしなくとも、お互いの苦労や喜びを理解し合える存在がいるだけで、孤独感は和らぎます。「あの時、本当に辛かったよね」「そういうこと、よくあるんだよ」と共感し合えるだけで、前に進む力が湧いてきます。定期的に仲間と集まり、活動の進捗だけでなく、率直な気持ちを話し合う機会を持つことは、心のケアにつながります。
無関心や誤解に対しては、感情的に反論するのではなく、地道な情報発信を続けることが重要だと感じています。活動の透明性を高め、具体的な事例や成果を丁寧に伝えることで、少しずつ理解者を増やしていく。時間はかかるかもしれませんが、それが社会との溝を埋める唯一の方法かもしれません。批判や誤解には、感情的にならず、事実に基づいて冷静に対応することを心がけています。
そして何より、私たちが活動を続ける原動力は、目の前にいる動物たちの存在です。彼らの命を救い、幸せな未来へと繋げるという目的が、どれほど理解されない辛さを感じても、私たちを立ち止まらせないのです。彼らの変化や成長、そして新しい家族と幸せに暮らす姿を見るたび、すべての苦労が報われるような、かけがえのない喜びを感じます。
完全に溝が埋まることはなくても
保護活動者が社会との間に溝を感じ、理解されない辛さに直面することは、避けられない現実の一つかもしれません。時に心は傷つき、活動を続ける意味を見失いそうになることもあります。
しかし、私たちは一人ではありません。同じ志を持つ仲間がいます。そして何より、私たちの活動を必要としている動物たちがいます。完全に社会との溝が埋まることは難しいとしても、地道な努力と仲間との支え合いによって、その溝を少しずつ狭めていくことは可能です。
この活動を通じて、私たちは単に動物を救うだけでなく、社会の課題に向き合い、自身の心の強さを培っているのかもしれません。理解されない辛さを乗り越え、それでも前に進む私たちの歩みは、必ずどこかで誰かの心に響き、社会を少しずつ変えていく力になると信じています。
活動を続ける中でこの辛さを感じている方がいらっしゃいましたら、どうぞご自身を責めないでください。その感情は、真剣に活動に取り組んでいる証です。そして、あなたは一人ではないことを思い出してください。