保護活動の本音

過去を持つ保護動物との関わり。ボランティアが抱える苦悩と喜び

Tags: 保護活動, ボランティア, 動物福祉, 精神的な負担, 経験談, トラウマ, 犬猫保護

はじめに

動物保護活動をしていると、様々な経緯で保護された動物たちと出会います。その中には、飼育放棄や虐待、多頭飼育崩壊など、辛い過去を持つ子たちが少なくありません。身体的な傷だけでなく、心にも深い傷を負っていることがあります。そうした「過去を持つ動物たち」と向き合うことは、保護ボランティアにとって避けて通れない、そして時に非常に困難な道のりです。

新しい家族との穏やかな暮らしへと繋いであげたい。そう願って活動していますが、動物たちが抱える見えない傷、それゆえに生じる問題行動や心の問題に直面したとき、理想だけでは乗り越えられない現実があります。今回は、私が活動を通して経験した、過去を持つ動物たちとの関わりで感じた苦悩や、そこから見出せた小さな喜びについて、正直にお話しさせてください。

見えない傷との向き合い

保護されたばかりの動物たちの多くは、警戒心が強く、人間に心を許すまでに時間がかかります。それは自然な反応ですし、少しずつ時間をかければ心を開いてくれる子も多いです。しかし、過去にトラウマを負った動物たちは、その反応がより根深く、複雑な場合があります。

例えば、過去に強い恐怖を感じた経験がある子は、特定の物音や人の動きに過剰に反応し、パニックを起こしたり、攻撃的になったりすることがあります。多頭飼育崩壊から来た子は、他の動物への強い依存があったり、逆に他の動物を極端に怖がったりすることもあります。

私が過去に担当した猫の中に、撫でようとすると突然手を噛む子がいました。最初は甘えているのかと思いましたが、どうやら特定の触られ方に強い嫌悪感があるようでした。他のボランティアからは「気性が荒い」と言われることもありましたが、その子の表情や体の震え方から、怒りではなく、深い恐怖に基づいた反応なのだと感じました。

どうすればこの子の恐怖心を取り除けるのか、安心させてあげられるのか。色々な方法を試しましたが、なかなか状況は変わりません。インターネットで情報を集めたり、経験豊富な先輩ボランティアに相談したり、専門家のアドバイスを仰いだこともありました。しかし、特効薬はありません。試行錯誤の繰り返しです。

試行錯誤の日々と募る苦悩

問題行動が改善されない日々が続くと、ボランティア側の心も疲弊していきます。一生懸命ケアしても、愛情を注いでも、なかなか心を開いてくれない。それどころか、攻撃されて怪我をすることもあります。理性では「これは過去のトラウマによるものだ」と理解していても、感情的には「なぜ自分だけ懐いてくれないのだろう」「私の何がいけないのだろう」と落ち込むこともあります。

特に辛いのは、その子が抱える問題のために、新しい家族とのご縁が遠のいてしまうことです。譲渡会で隅っこに隠れて出てこなかったり、触ろうとした人に威嚇してしまったり。良いご縁を掴んでほしいと願うほど、現実とのギャップに胸が締め付けられます。

「この子には普通の幸せは無理なのだろうか」「このまま保護施設で一生を終えるしかないのだろうか」――そんな考えが頭をよぎるたび、無力感に苛まれました。他の保護動物たちのケアや活動全体の運営もある中で、特定の子にだけ時間をかけることへの焦りや、いつまでこの状態が続くのだろうかという不安も募ります。他のボランティアとの間で、その子の問題行動への認識や対応方法について意見が分かれ、人間関係に悩んだこともありました。

小さな変化に見出す光

しかし、そうした苦悩の日々の中で、動物たちがふと見せる小さな変化が、私たちの心を救ってくれます。

噛みついていた子が、初めて自分から手を舐めてくれた瞬間。ずっと隠れていた子が、恐る恐るシェルターの中央に出てきた姿。警戒心の塊だった子が、ご飯を食べている時にだけは安心して傍に寄ってくるようになったこと。

先の猫の場合、強引に触るのをやめ、ただ静かに傍に座る時間を持つようにしました。すぐに逃げられましたが、それを繰り返すうちに、少しずつ、少しずつ、逃げる距離が短くなっていきました。ある日、私が書類整理をしていると、その子がそっと近づいてきて、私の足元で丸くなったのです。触ることはできませんでしたが、その存在を感じるだけで、涙が出るほどの喜びを感じました。

こうした小さな変化は、私たちが歩みを止めずに、その子を受け入れ、信じ続けたことへの、動物たちからの精一杯の応えなのだと感じます。過去に何があったとしても、彼らもまた、安全で穏やかな場所で、誰かに愛されて暮らしたいと願っている。その純粋な願いに触れたとき、活動の意義を改めて強く感じることができます。

完璧を求めすぎないこと、自分を責めすぎないこと

過去を持つ動物たちとの関わりを通して、私が最も学んだことは、「完璧を求めすぎないこと」と「自分を責めすぎないこと」です。

動物たちのトラウマが完全に消えることは難しいかもしれません。人間が抱える心の傷と同じように、癒えるまでには長い時間が必要だったり、完全に癒えることがなかったりする場合もあります。私たちにできるのは、彼らが安心して過ごせる環境を提供し、愛情を持って接し、彼らのペースに合わせて寄り添うことです。そして、たとえ問題行動が完全に無くならなくても、その子の個性として受け入れ、共に生きていく道を探ることです。

また、ボランティア自身も、完璧なケアができなかったとしても、自分を責める必要はありません。私たちは専門家ではありませんし、時間や体力、精神力にも限界があります。精一杯やった結果であれば、それで良いのです。困難な状況に直面したときは、一人で抱え込まず、他のボランティアや信頼できる人に相談することも大切です。自身の心の健康を保つことも、活動を長く続けるためには不可欠です。

まとめ

過去を持つ保護動物たちとの関わりは、まさに苦悩と喜びの連続です。彼らが抱える見えない傷と向き合うことは、時に私たちの心を深く傷つけ、無力感に打ちのめされることもあります。理想通りにいかない現実に、葛藤や悩みが尽きることはありません。

しかし、そうした困難があるからこそ、動物たちが心を開いてくれた瞬間の小さな変化が、何物にも代えがたい喜びとなります。彼らの回復力や、生きる強さ、そして見せてくれる信頼の証に触れるたび、この活動を続けていて良かったと心から感じます。

過去を持つ動物たちに必要なのは、ただ時間と、安全な場所、そして彼らの全てを受け入れてくれる誰かの存在です。完璧な治療法や訓練ではなく、ただ「大丈夫だよ」と寄り添ってくれる心です。私たちボランティアは、その「誰か」になるために活動しています。全ての傷を癒すことはできないかもしれませんが、彼らが少しでも穏やかに、安心して生きられるよう、これからも見守り、寄り添い続けていきたいと思います。この経験が、今同じような悩みを抱えている方にとって、少しでも力になれば幸いです。